統合失調症者のリアルな運転行動を世界で初めて捉える試み ~安全運転への新たな視点~(リハビリテーション科学分野 岡田宏基助教)
ポイント
- 統合失調症のある人々は、他の運転者に比べて速度を落として運転しており、速度超過やスマートフォンの操作といった違反運転行動が少ない
- 注意力や視覚認知機能の低下が、交通違反に関連することが明らかになった
- 運転時の急ブレーキが、薬剤副作用(錐体外路症状)と関連していることを実証
概要
本研究は、統合失調症のある人々の日常的な運転行動を可視化することを目的とし、ドライブレコーダーを活用して実施された世界初の試みです。対象は20名の統合失調症のある人々と、同数の比較対象者。各自が普段通りに運転した500km分のデータを収集・分析しました。
ドライブレコーダーは、運転中のスピード、加速度、車線変更や急ブレーキの頻度などを高精度で記録できる機器であり、これにより従来のシミュレーター実験では把握しきれなかった“実際の運転行動”を客観的に記録することが可能になりました。本研究では、違反や危険運転行動の有無だけでなく、それがどのような認知的背景によって生じているかにも着目し、神経心理学的検査や服薬状況などの情報とあわせて多面的に解析を行いました。
その結果、統合失調症のある人々は、速度を控えめに保ち、スマートフォンなどの操作を行わないなど、一般的に安全運転と言われる運転行動を多く示していました。こうした行動は、過去の運転支援研究において抱かれてきた「統合失調症のある人々は運転上リスクが非常に高い」とする先入観を見直す契機ともなり得る重要な知見です。
一方で、注意力や視覚認知などの認知機能と交通違反の関連性も明らかとなり、特に注意力の持続や視野の広さが、信号無視や停止標識の見落としと関係していることが確認されました。これは、視覚的な情報処理の難しさが、交通ルールの不遵守と直結する可能性を示唆するものであり、今後の運転評価や運転機能の向上を目指したリハビリテーションへの応用が期待されます。
また、急ブレーキ行動の背景には、薬の副作用である錐体外路症状が関与している可能性が高く、これにより運転時の運動制御が難しくなるケースがあることも判明しました。特に、信号での停車や交差点での進行・停止の判断の場面において、過剰なブレーキが見られる傾向があり、これは従来見逃されていた運動障害の影響を浮き彫りにする結果となりました。 これらの知見は、統合失調症のある人々に対して、画一的な運転制限を課すのではなく、認知機能や薬物治療の状況を踏まえた個別的な評価・支援の必要性を示しています。今後は、こうしたリアルな運転行動に基づく証拠に立脚した支援技術の開発や、運転許可・支援に関する政策提言が求められると考えられます。本研究は、その第一歩として大きな意義を持つものです。

出版情報
・研究論文名
Characteristics of real-world driving behavior in people with schizophrenia: a naturalistic study utilizing drive recorders
・著者
Hiroki Okada a, Saki Komagata b, Mayu Takagi b, Yuichi Kamata c, Junichi Matsumoto d, Takaya Maeyama e, Yukiko Takashio f, Masaki Matoba f
a Department of Rehabilitation of Sciences, Hokkaido University
b Medical Corporation Muroi Hospital
c Social Welfare Service Corporation Bois de Boulogne
d Social Welfare Service Corporation Hamagiku
e Graduate School of Health Sciences, Hokkaido University
f Medical Corporation Fukuroda Hospital
・ジャーナル
Schizophrenia (NPJ Schizophrenia)
※IF(カテゴリーランキング)
5.7 (26/279 in PSYCHIATRY)
・DOI
https://doi.org/10.1038/s41537-025-00613-1
・掲載日
2025年4月18日
お問い合わせ先
北海道大学大学院保健科学研究院 リハビリテーション科学分野
助教 岡田 宏基
E-mail:h-okada[at]pop.med.hokudai.ac.jp [at]を@に変えてください