2026年度第8回保健科学セミナー開催報告「マイクロビーム放射線技術が拓く新しい放射線生物学・生命科学」(2026.09.17)

マイクロビーム放射線技術は、細胞や組織内の特定の位置に放射線を選択的に照射することで、通常の均一な放射線照射では捉えることが困難な細胞・組織応答を解析する先端的な研究手法である。本セミナーでは、マイクロビーム研究の第一線で活躍する小西輝昭先生を講師に迎え、マイクロビーム技術の基礎から最新の研究成果まで幅広く紹介いただいた。
講演では、細胞が放射線による局所的なストレスをどのように感知し、その後の生存や細胞死をどのように決定するのかという根源的な問いを出発点として、単一細胞の核や細胞質など特定の細胞内領域に損傷を与え、その応答を時空間的に解析するマイクロビーム技術の意義が解説された。また、1950年代のZirkleらによる先駆的研究を起点として、Gray InstituteやColumbia UniversityのRARAFなどで発展してきた技術の歴史に加え、国内で開発・運用されている重イオン、軟X線、放射光X線などの多様なマイクロビーム施設について紹介された。特に、量子科学技術研究開発機構(QST)千葉地区のSingle-Particle Irradiation System to Cell(SPICE)について、3.4 MeV陽子線を2 µm以下に集束し、単一粒子レベルで細胞を照射できる特徴が詳しく説明された。さらに、サブマイクロメートルの照射位置精度、単一粒子のリアルタイム検出、高速自動ステージ、細胞培養環境の制御など、高精度なマイクロビーム照射を実現するための技術的要素についても学ぶ機会となった。応用研究としては、低線量放射線影響、放射線誘発バイスタンダー効果、がん細胞と正常細胞間の相互作用、DNA修復因子の秒単位での動態解析などが紹介された。さらに、細胞核だけでなく細胞質を選択的に照射することで、ミトコンドリア損傷や活性酸素産生、Keap1-Nrf2経路を介した細胞防御機構など、従来の広範囲照射では捉えにくい放射線応答を明らかにできることが示された。
本講演を通じて、放射線を細胞全体に均一に照射する従来の研究手法に対し、単一細胞や細胞内の局所を標的とするマイクロビーム技術が、放射線応答の時空間的な理解に有用であることを学んだ。細胞が放射線をどのように感知し、応答し、生存に至るのかを解明する上で、本技術が持つ研究上の可能性について理解を深める貴重な機会となった。
医用生体理工学分 講師 松谷悠佑