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北海道大学 医学部保健学科
大学院保健科学院
大学院保健科学研究院

産後うつ病対策に新たな光~産後女性の心理ネットワーク構造が明らかに~(創成看護学分野 蝦名康彦教授)

ポイント

  • 環境省エコチル調査のエジンバラ産後うつ病質問票(EPDS)データを用いて、産後女性における心理ネットワーク構造を明らかにした。
  • ネットワーク構造は産後1か月から6か月まで安定しており、「悲しみ」と「不安」が中心的役割を果たしていた。また、産後1か月のEPDS高スコア群では、「不眠」と「自傷」が強く結びついていた。
  • 「不眠」「悲しみ」「不安」への早期介入が、産後うつ病の発症予防・軽減に資する可能性があらためて示された。

概要

北海道大学環境健康科学研究教育センターおよび大学院保健科学研究院 助産学・母性看護学・女性医学教室の蝦名康彦教授らの研究グループは、環境省「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」における約9万人の産後女性のデータを用いて、産後女性の心理ネットワーク構造を初めて明らかにしました。

産後うつ病は、母親の自殺リスクや乳児との愛着障害など、母子双方に深刻な影響を及ぼす重要な健康問題であり、日本における産後1か月時点の有病率は約15%と報告されています。臨床現場では、精神疾患の既往歴やソーシャルサポートの不足といったリスク因子をふまえ、エジンバラ産後うつ病質問票(EPDS)などを用いてスクリーニングが実施されています。EPDSは10項目から構成される自記式質問票で、各項目は0〜3点で採点され、日本においては合計スコアが9点を超える場合に抑うつリスクが高いと判断されます。

一方、ネットワーク分析は、生物間の関係性、神経回路、遺伝子、さらにはコンピュータネットワークなど、構成要素間の結びつきを「点と線」で可視化し、全体構造の特徴を解析する手法です。精神病理学の分野では、従来のように疾患が一方向的に症状を引き起こすモデル(図1A)に代わり、症状同士が相互に影響し合う心理ネットワークモデル(図1B)が注目されています。たとえば、図1Bに示すように、不眠が疲労感や集中力の低下を誘発し、結果として仕事の効率が下がり、罪悪感や悲しみへと連鎖的に広がるという考えです。このモデルにより、ネットワーク内で特に中心性の高い症状(例:不眠)や橋渡し的な役割を持つ症状(例:集中力の低下)を特定することができ、介入の優先順位を明確にする手がかりとなります。しかしながら、これまで産後女性における心理ネットワーク構造の詳細は明らかにされていませんでした。

本研究では、産後1か月および6か月時点のEPDSデータに対して心理ネットワーク分析を行いました(図2)。その結果、両時点においてネットワーク構造は高い一貫性を示し、「悲しみ」および「不安」が常に中心的な症状として浮かび上がりました。また、「不眠」と「自傷念慮」との強い関連は、産後1か月の高スコア群で顕著でしたが、6か月時点では見られませんでした。さらに、高スコア群では全体的な予測可能性が低く、症状がEPDSの他の要素で説明されにくいことが示唆されました。これは、社会的支援の不足、経済的負担、育児ストレスなどの外的要因の関与が大きい可能性を示しています。

本研究は、産後女性におけるEPDSの心理ネットワーク構造を初めて包括的に示したものであり、「不安」「悲しみ」「不眠」が中心的な症状として明確化され、早期介入の重要性が再確認されました。特に高スコア群では外的要因の影響が強く示唆されており、包括的な支援体制の推進が求められます。また、心理ネットワーク分析という新たな研究手法を応用することで、従来の分析では捉えられなかった症状間の複雑な構造や介入ターゲットが可視化され、今後の周産期メンタルヘルス研究の発展に寄与することが期待されます。

出版情報

・研究論文名
Stability and Variability of Edinburgh Postnatal Depression Scale Networks among Postpartum Women: Insights from the Japan Environment and Children’s Study

・著者
蝦名康彦12、伊藤佐智子1、山口建史1、岩田啓芳1、岸 玲子1
北海道大学 環境健康科学研究教育センター
北海道大学大学院 保健科学研究院 助産学・母性看護学・女性医学教室

・ジャーナル
Journal of Affective Disorders
(気分障害(主にうつ病・双極性障害など)を中心に、臨床、疫学、神経生物学、介入・治療、心理社会的要因などを扱う国際的な医学・精神医学専門誌)
※IF(カテゴリーランキング)
4.9 (上位11.5% Psychiatry)

・DOI
https://10.1016/j.jad.2025.119992

・掲載日
2025年7月31日

お問い合わせ先

北海道大学大学院保健科学研究院 創成看護学分野 助産学・母性看護学・女性医学教室
教授 蝦名 康彦
E-mail:ebiyas[at]hs.hokudai.ac.jp [at]を@に変えてください

教員情報

投稿日: 2025年08月08日

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