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北海道大学 医学部保健学科
大学院保健科学院
大学院保健科学研究院

一枚の絵「昭和28年男女学生募集」から思うこと(基盤看護学分野 矢野理香教授)

ある学生が私の研究室に初めて訪れた時のことです。学生は入室するなり、研究室の壁に掲げていた1 枚の絵を見て、パッと目を輝かせ、数秒後には涙をぽろぽろと流し始めました。何かあったのかと驚いて問う私にその学生は「この絵が、すごくて、素敵すぎて、何かわからないけれど感激してしまって…」と語ってくれました。数分経過し、学生は気持ちを取り戻したのか、現代の若者らしく「写真撮らせてくだい!」と、いろいろな角度から携帯のシャッターを切り始めました。時間を超えて、過去の先輩の思いが今の学生に届いているようにも感じたひとときでした。

この「男女学生募集」と記載された絵は、保健科学研究院の改築における引っ越し時に、古い書棚から見つかったものです。見つけた同僚の教員と共に、見た途端に衝撃を受け、これは大事に保管すべきものと判断し、本日まで額に入れて飾っています。昭和28年、北大看護学校の学生募集のポスターですが、描かれている線は、髪の毛の1本、1本、すべて手書きで書かれております。凛とし、未来を見据えるように、やや上向きの横顔と、美しく強い眼差し。この1枚を見るたびに、後ろを振り返らず、志をもって前進するように…と背中を押されるように感じます。

北海道大学における看護教育は、1920年に看護法講習科として開始され、およそ100年の歴史と伝統を脈々と紡いで現在に至っています。北海道大学医学部付属看護学校30周年記念誌をみると、1951年3月には、甲種看護婦学校から北海道大学医学部附属看護学校と改称、学則が制定されたと記録されています。この1951年度の入学生から入学定員60名中5名の男子学生を入学させることになったと記載されています。さらに、新制度における男子の教育は全国でも唯一校であったと説明が加えられておりました。 2021年12月に北海道大学は、共存と共生を基盤とした「ダイバーシティ&インクルージョン推進宣言」を公表しましたが、すでに70年前には、全国に先駆けて北大看護学校は男子入学に取り組んでいたことになります。そして、その男子卒業生のほとんどは、その当時必要とされた行政面および精神衛生面で活躍していたと記載されています。現在も看護学専攻学生70名のうち8–10%が男子学生ですので、その割合は今と変わらないと言えます。

さて、2003年に4年制大学となった保健学科は、2022年度で約20年目の節目を迎えようとしています。少子高齢化による人口構成の急速な変化、疾病構造の変化と認知症者数の増加、医療技術の進歩など医療を取り巻く環境が大きく変化する中で、医療上の新たな諸問題が発生しています。「保健医療2035提言書」では、疾病の治癒と生命維持を主目的とする「キュア中心」の時代から、「ケア中心」の時代への転換が提唱され、病気と共存しながら、生活の質(QOL)の維持・向上をはかる必要性がますます高まっています。 ケア中心への転換は、まさに、対象者に寄り添い、理解に努め、対象者自身が求める生活、生きることを支援することから始まると思っています。同時に、ケアを支えるエビデンスが必要であるとともに、多様な現場で実践できる人材育成も求められており、今後ますます保健科学研究院が果たすべき役割は大きいと言えます。はじめに記載した1枚の絵に戻りますが、この看護師が見つめる先にあるものは何か。対象者にケアを実践する者として、研究者としての目指す未来であり、その意志の強さなのではないか。皆さんは、何を想像しますか。私たちが伝統に縛られる必要はありませんが、これから起こりえる課題を見据え、この受け継がれる志を大切に、目指す未来へ進んでいけるようにと心新たに思っています。

※本稿は、2022年4月刊行の広報誌「プラテュス」第28号の巻頭言を掲載したものです。

投稿日: 2024年05月02日

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