患者中心の医療を支援するチームを保健科学研究院に結成しよう(医用生体理工学分野 神島 保 教授)

最近、医療の現場で「患者中心」という言葉が頻繁に聞かれるようになりました。かつては主治医が「この治療を行います」といえば、患者は「よろしくお願いします」というしかないというイメージがありましたが、最近はずいぶん様子が変わってきているようです。患者は患者様と称され、自分の病気や病態を十分理解できた前提で、様々な治療法を、そのメリット・デメリットを含め説明を受け、その上で自身が自分に合っているものを選ぶことができるのです。インフォームドコンセントやセカンドオピニオンなど色々な言葉がありますが、要するに「患者中心」の医療というのは「自分の治療に主体的に参加し選ぶ」ことなのです。
個々の患者に関する診療情報(カルテ情報)は著増傾向にあります。私は放射線診断専門医として画像を読影し、依頼医が正しく理解できるように適切な医学用語を用いて報告書を作成し、膨大な画像からkeyになる参照画像を選択して添付します。そのような報告書は患者にとって理解が難しいため、主治医は、患者の健康上の問題の全てを把握することに努め、患者への丁寧な説明を試みるでしょう。ですが、多忙を極める現代の主治医にとって、画像情報ひとつをとっても、行き届いた説明は困難になりがちで、結局、患者は、程度の差こそあれ、病態に関する理解が不十分な状態で治療介入を受けるのが現状ではないでしょうか。自分が十分納得できるまでとことん付き合ってくださる「お医者様」はもういないのです。
それでも、患者が自分の状態を十分に説明してくれる存在を求めることは自然なことです。では、患者はそれをどこで得られるのでしょうか。私は、それが医療チームの役割となってきているように思います。画像診断、看護、臨床検査、リハビリテーションといった患者に強くかかわり、関連する情報を有する専門家がそれぞれの専門性や強みを生かしながら、患者が自分の状況を正しく理解することの手助けをすることが求められているのです。患者の多くは医療の専門家ではありませんので、できるだけ平易な言葉やイラストなどを用いて説明することが必要になります。ですが、これは「言うは易し」で、効率的に個別の患者の実情に合わせて適切な説明を実践することは困難です。それどころか、歴史的に患者への説明は医師固有の業務と見做されてきており、医者でなければ患者に説明をすることに前向きになれない足枷があります。ここにもタスクシフトが必要なのかもしれません。
患者が自分の病態を満足できるまで理解した上で適切な治療を受けたいというアンメットニーズに対し、患者と医療者を結ぶ複合的なインターフェースを作成することを提案します。目指すものは医療チームが患者用に提供する「自分の病気の理解を助ける個別化された手引書」と認識してもよいかもしれません。具体的には医療者側が患者に伝えたいメッセージを画像と平易な言葉(音声)で説明するような仕組みです。何をどのように伝えるかを工夫することで患者の満足度を飛躍的に向上できると思われます。簡便さと統一感を備えたプラットフォームの構築が重要な要素です。AIを駆使して自動的に説明資料を作成できると臨床現場での活用の幅を広げられるでしょう。北海道大学病院との協働が不可欠な研究テーマです。 独立行政法人の事業として、公共性が高く、国民生活にとって必要なサービスを高い自主性のもとに実現するために、患者中心の医療の理想に根差した共同研究テーマを設定し、成就させることが保健科学研究院の構成員に求められているのではないでしょうか。
※本稿は、2023年3月刊行の広報誌「プラテュス」第30号の巻頭言を掲載したものです。