研究室紹介

効果的なリハビリテーションを目指した脳科学研究の推進

 我々の研究グループは、北海道大学大学院保健科学研究院(以下、保健科学研究院)に所属する教員1人と、北海道大学大学院保健科学院リハビリテーション科学・総合健康科学(以下、保健科学院リハ科学・健康科学)に所属する大学院生(平成27年度現在5名)から構成されています。保健科学研究院は、7つの分野からなる教員組織であり、筆者は生活機能学分野に所属しています。生活機能学分野は、主に北海道大学医学部保健学科作業療法学専攻の教育、そして、保健科学院リハ科学(修士課程)・健康科学(博士後期課程)の大学院生の教育を担っています。大学院のスタートは、平成20年度であり、平成24年度に博士後期課程の第1期生を排出したまだ新しい組織です。我々の研究グループの大学院生においては、これまで修士課程修了者が9名、博士後期課程修了者が3名です。
我々の研究グループの大学院生は、現在、教員も含め全員作業療法士であり、効果的なリハビリテーションを目指した神経心理学・高次脳機能障害学に基づいた研究を行っています。以下、研究内容について簡単にご紹介します。


脳の背側視覚経路における機能と役割の解明

ヒトの大脳には、視覚情報を処理する機構が大きく2つあると考えられています。一つは、腹側視覚経路で、後頭葉から側頭葉へ向かう経路であり、対象の色や形の分析、およびそれらの情報と意味との関連づけを行っています。もう一つが背側視覚経路で、後頭葉から頭頂葉へ向かう経路であり、対象の位置・形状・傾き、運動の分析、およびそれらの情報とリーチングや把握などの動作とのオンライン処理と関係しています。我々の研究グループでは、Continuous Flash Suppression(CFS)という両眼競合を利用した刺激によるプライミング効果をみることで背側視覚経路の機能を推定しています。Almeidaら(2008)など数多くの研究者が背側視覚経路で道具カテゴリを処理している可能性を示唆していましたが、我々の研究では、道具カテゴリではなく、他の可能性があることを示しました(Sakuraba et al., 2012)。他に、背側視覚経路における顔(Sakuraba et al., 2013)や文字の処理の可能性についても研究しています。

 

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外傷性脳損傷患者の注意機能:Moss Attention Rating Scale(MARS)日本語版の作成、注意の能動的制御とその神経基盤の解明

外傷性脳損傷患者が示す注意障害を行動観察によって評価するMARS日本語版を作成しました(澤村ら、2012)。MARSは2008年にWhyteら(Thomas Jefferson Universityリハビリテーション医学講座教授、Moss Rehabilitation Research InstituteのDirector)が開発した高い信頼性・妥当性・鋭敏性を有する尺度で、日本語版においても同様の結果が得られています。現在、我々の研究グループは、Whyte氏らとの国際共同研究として、脳血管障害患者に対しても適用可能なMARSの開発を行っています。
ヒトが何かに従事する際に、そのパフォーマンスを維持するために意識的、または意図的に不要な情報(例:雑音)を遮断し、必要な情報に注意を焦点化させていると言われています。この機構を注意の能動的制御といいます。外傷性脳損傷後注意障害患者の多くは、周囲の雑音にいとも簡単に注意を逸らされてしまうことがよく知られていますが、この能動的制御に障害があることが推察されます。我々の研究グループでは、機能的近赤外線分光法(fNIRS)と機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いた実験により、本疾患における注意障害の特徴と神経基盤について探究しています。
なお、本テーマに関する研究は、北海道大学病院リハビリテーション部との共同研究として実施しています。

 

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Flow状態がリハビリテーション効果に及ぼす影響:Flow尺度(Flow state scale for occupational tasks)の開発、Flowの神経基盤の解明、Flowを考慮したリハビリテーション効果研究

FlowとはCsikszentmihalyi (1975)によって提唱された理論で、「課題に全人的に没入した際に感じる包括的感覚であり喜びや楽しみを生む」、「課題を行う際の最適な心理状態であり、高いパフォーマンスと関連する」と定義されています。作業療法場面にて、患者をFlow状態にすることができれば、高い効果をもたらすことができると考えられますが、このことを明らかにした研究はありません。そこで我々の研究グループでは、まず、Flow状態であるか否かを確かめるための評価尺度(Flow state scale for occupational tasks)の開発を行いました(Yoshida et al.,2013)。続いて、fNIRS を用いたFlowの神経基盤の解明に取り組み、現在は、北海道大学病院リハビリテーション部との共同研究として、外傷性脳損傷後注意障害患者を対象としたFlowを考慮したリハビリテーション効果研究(無作為化比較試験)に着手しています。

 

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重症心身障害を伴う大脳性視覚障害児の視覚評価:視運動性眼振法を用いたコントラスト感度測定及びCVI重症度評価スケールの開発

脳性まひ児の約60%が大脳性視覚障害(Cerebral visual impairment: CVI)を呈すると言われています。重症心身障害児(以下、重症児)の場合、さらに高い割合でCVIを伴っているものと推察されますが、重症児の視覚を評価する方法がありませんでした。我々のグループでは、視運動性眼振を観察する方法で、重症児の輝度と色のコントラスト感度測定を可能としました(Sakai et al.,2002,2008)。また、臨床で使用できる簡便な方法としてCVI重症度評価スケールを開発し、中等度の信頼性と妥当性を確認しました。この尺度は主に3歳までの視覚発達研究から導かれた発達段階を参考に、眼球運動などから判定できる8つの項目(瞳孔反応、注視、追視など)から構成されています。特別な器具等は必要なく、11種類の視標をインクジェットプリンターで印刷し、簡単なマニュアルに沿って実施および判定します。

 

CVI重症度評価

 

ヒトの脳機能からみたドライビング評価に関する研究

神経科学的アプローチによって、ドライビング時におけるヒトの脳活動や行動特性などを明らかにしようとする試みです。2014年に保健科学研究院の新棟に設置された研究用のドラビングシミュレーターを用いて,将来的には高次脳機能障害者の運転適性評価を可能とする装置の開発を行いたいと考えています。現在は、帯広の北斗病院と十勝リハビリテーションセンターとの共同研究として、fNIRSを用いたドライビング時の危険判断に関する研究を行っています。

 

ドライビング実験


以上の5つのテーマ以外にも、我々の研究グループでは、「顔の魅力度に関する研究-fMRIによる脳機能画像研究-」、「レビー小体型認知症患者の視覚的探索と瞳孔反応の特徴」、「言語-動作性片麻痺病態失認評価スケールの開発-信頼性・妥当性の検討-」、「脊髄性筋萎縮症(I型)コミュニケーション能力に関する発達里程標の作成」、「短波長光がmotion sicknessに及ぼす影響」といったテーマで研究を行ってきました。テーマは様々ですが、そのほとんどは効果的なリハビリテーションを目指した脳科学研究だと思います。リハビリテーションのエビデンスを高めていくためにも、我々保健科学の専門職が、このような研究を積極的に推進していく必要があると考えています。

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